電源不要系同人サークル「Paper Entertainment Factory」のアナウンスと、適当な駄文。
カバレージを見ました。モダン環境をエルドラージアグロが席巻。
優勝者の「ドラフトで強いカードをぶち込みました!」みたいな青赤エルドラージアグロはシナジー重視&他のエルドラージアグロに強いという、相当いいデッキだと思います。思いますが…。
やっぱりいくらなんでも露骨に席巻しすぎでしょうという印象。これはモダンでウギンの目が禁止になりますねきっと。
1Tウギンの目からエルドラージのミミック×2、2T赤青土地から不快な集合体、3T島から不快な集合体と空中生成エルドラージ、みたいな超運ゲー展開を生み出すのはウギンの目あってこそなので。
優勝者の「ドラフトで強いカードをぶち込みました!」みたいな青赤エルドラージアグロはシナジー重視&他のエルドラージアグロに強いという、相当いいデッキだと思います。思いますが…。
やっぱりいくらなんでも露骨に席巻しすぎでしょうという印象。これはモダンでウギンの目が禁止になりますねきっと。
1Tウギンの目からエルドラージのミミック×2、2T赤青土地から不快な集合体、3T島から不快な集合体と空中生成エルドラージ、みたいな超運ゲー展開を生み出すのはウギンの目あってこそなので。
PR
「メーデー 航空機事故の真実と真相」などの航空事故関連の動画をYoutubeでよく見ていた自分にとってはかなり興味深く読めた小説。ただ、本質的なテーマとしては印象に踊らされる大衆の愚かさと印象操作で商売するメディアの下劣さ、そして企業の上のほうの汚い権謀術数…という感じなので、汚泥に足首まで浸かって進むような読書感。その代表のような2人が最後には痛い目にあうというカタルシスはあるものの、本質的な部分は何も解決していないわけで、すっきりと気分良くはなりようもない話です。
まあ、でも構成の巧みさはさすがです。サスペンスシーンを織り交ぜて緊張感を維持しながら、動画では得づらい航空機業界の事情のあれこれを教えてくれて、前述の本質的なテーマを語りながらクライマックスに向けて盛り上げ、どんでん返し的な真相解明に至らせます。読んでて面白い小説なのは確か。
まあ、でも構成の巧みさはさすがです。サスペンスシーンを織り交ぜて緊張感を維持しながら、動画では得づらい航空機業界の事情のあれこれを教えてくれて、前述の本質的なテーマを語りながらクライマックスに向けて盛り上げ、どんでん返し的な真相解明に至らせます。読んでて面白い小説なのは確か。
Windows10のアップデートに「10~20分かかります」と表示されていたが実際にかかったのは30分。さらにそこからログイン後に「PCの更新が完了しました」「新しい機能が加わりました」等のテキストが画面いっぱいに表示された状態で10分近く待たされるという有様。
完全に「騙された」という気分。
Windows10はPCの電源投入から実際にアプリケーション等を使えるようになるまでの体感時間を短くすることを意識しているらしいが、その一方でなぜこんな馬鹿なことをするのか?理解不能。
完全に「騙された」という気分。
Windows10はPCの電源投入から実際にアプリケーション等を使えるようになるまでの体感時間を短くすることを意識しているらしいが、その一方でなぜこんな馬鹿なことをするのか?理解不能。
最近購入した、自分的にはステファン・フェルドの新作(実際には日本語版の発売ですら約1年前)。
どんなゲームかはこちらをどうぞ。
フェルドのゲームといえば、災害対策に追われながらいろんな方法で勝ち筋を模索する、っていうイメージですが今回もまさにそんな感じ。
5色のカードの使い方と、3つの評価軸それぞれで「1ターンでも単独一位になれば得られるボーナスVP」を巡る攻防が特徴的で、多様なカードの特殊効果が多様な展開を生み、それでいて60分程度で終わるほどよい軽さが魅力的なゲームといえるでしょう。
難点として上げられるのは「カードの引き運に左右される」「長期的なゲームプランが立てづらく、場当たり的なプレイになりがち」というあたりです。
ゲーム終了時に何らかの条件でVPを得られるカードを最終局面まで手札として持っておくことは難しく、かといってそれまではエンジンになるカードのほうを場に出したいので、プレイヤーが自然に意識するプレイの進め方では場当たり的なプレイになってしまう、というのが実際のところかもしれません。
こんなハウスルールを採用すればどうでしょうか。
「最終ラウンドに入ったときに、手札のカードを1枚、自分の場の同じ色の建物に使われているカードと入れかえてよい」
これなら、VPに結びつくカードを建物として埋めておいて後で使えるので、それをもとに計画を立ててプレイできると思います。次にプレイする機会に試してみましょう。
------------------------
12/7追記
試してみました。悪くない感じです。1枚だけとはいえゲームプランを意識したプレイには明らかに近づきました。2枚以上にすると複雑になりすぎてこのゲームのほどよい軽さを損ないそうなのでこれでよいのでしょう。
ただ、最終的な得点に結びつくカードは当初思っていたよりも強そうだったので、ひょっとしたらこのゲームに慣れたメンバー同士でのプレイならこんなハウスルールは不要なのかもしれません。
まあ、エンジンを強化して拡大再生産するのが楽しくて、直接的にVP稼ぎに走るのを軽視してしまうのはボードゲームの常なのですけどね!
どんなゲームかはこちらをどうぞ。
フェルドのゲームといえば、災害対策に追われながらいろんな方法で勝ち筋を模索する、っていうイメージですが今回もまさにそんな感じ。
5色のカードの使い方と、3つの評価軸それぞれで「1ターンでも単独一位になれば得られるボーナスVP」を巡る攻防が特徴的で、多様なカードの特殊効果が多様な展開を生み、それでいて60分程度で終わるほどよい軽さが魅力的なゲームといえるでしょう。
難点として上げられるのは「カードの引き運に左右される」「長期的なゲームプランが立てづらく、場当たり的なプレイになりがち」というあたりです。
ゲーム終了時に何らかの条件でVPを得られるカードを最終局面まで手札として持っておくことは難しく、かといってそれまではエンジンになるカードのほうを場に出したいので、プレイヤーが自然に意識するプレイの進め方では場当たり的なプレイになってしまう、というのが実際のところかもしれません。
こんなハウスルールを採用すればどうでしょうか。
「最終ラウンドに入ったときに、手札のカードを1枚、自分の場の同じ色の建物に使われているカードと入れかえてよい」
これなら、VPに結びつくカードを建物として埋めておいて後で使えるので、それをもとに計画を立ててプレイできると思います。次にプレイする機会に試してみましょう。
------------------------
12/7追記
試してみました。悪くない感じです。1枚だけとはいえゲームプランを意識したプレイには明らかに近づきました。2枚以上にすると複雑になりすぎてこのゲームのほどよい軽さを損ないそうなのでこれでよいのでしょう。
ただ、最終的な得点に結びつくカードは当初思っていたよりも強そうだったので、ひょっとしたらこのゲームに慣れたメンバー同士でのプレイならこんなハウスルールは不要なのかもしれません。
まあ、エンジンを強化して拡大再生産するのが楽しくて、直接的にVP稼ぎに走るのを軽視してしまうのはボードゲームの常なのですけどね!
昨日は健康診断。場所は新宿か横浜で、東池袋在住の自分は当然前者を希望したのだがかなわず横浜へ。マジか…って感じです。
いつもより1時間半も早く家を出て、退社は定時。実に損な気分ですね。
体重は前回より少し減ってたけど相変わらずの非アルコール性脂肪肝。あと5kgぐらいは落とさなきゃダメだね。
今日はインフルエンザの予防接種。技術が優れていたのか、接種時の痛みはごく弱かった。しかしまあ、しばらく経つと赤く腫れてきて触れると痛むのは相変わらず。2年前の予防接種では触れなくても痛んだのでそれにくらべればずいぶんマシ。来年の1~2月は忙しくなることがわかっているから、間違ってもインフルエンザにかかるような事態には陥りたくないですね。むろん、他の誰かにうつすような事態にも。
いつもより1時間半も早く家を出て、退社は定時。実に損な気分ですね。
体重は前回より少し減ってたけど相変わらずの非アルコール性脂肪肝。あと5kgぐらいは落とさなきゃダメだね。
今日はインフルエンザの予防接種。技術が優れていたのか、接種時の痛みはごく弱かった。しかしまあ、しばらく経つと赤く腫れてきて触れると痛むのは相変わらず。2年前の予防接種では触れなくても痛んだのでそれにくらべればずいぶんマシ。来年の1~2月は忙しくなることがわかっているから、間違ってもインフルエンザにかかるような事態には陥りたくないですね。むろん、他の誰かにうつすような事態にも。
軽くてそこそこ思考性のあるゲームを求めて最近購入。
すごく雑にまとめると、トランプの大富豪に似ているようなそうでもないようなゲーム。手札を全て出し切ればアガリっていう点では似ているが、枚数でも数字でもフォロー不要なところは似ていない。誰かがアガったらゲーム終了で、「場札の枚数-手札の枚数」が各プレイヤーの点数になる。
アブルクセンとは(「クセ」のところがXXに置き換わっているが)ドイツ語で「ずる賢くかすめ取る」というような意味だそうな。その名の通り、ほかのプレイヤーを攻撃して場札を奪い取り、手札を増やすことができる。増やした手札を首尾よく場に出せば、最終的な点数を伸ばせるというわけだ。
攻撃の結果として場札を奪い取らないことも選択できる。その場合、攻撃された側が場札を捨てるか手札に戻すかを選べる。攻撃を受けて場札を奪われるか捨てるかした場合、その枚数の手札を補充しなければならず、アガリからは遠のくことになる。ただ、攻撃されることは悪いことばかりではなく、補充は共通の場札から選んで行えるので、手札を整えることができる。共通の場札に強いカードがある場合、攻撃を受けやすいカードをプレイするというのはよくある話。
これ以上詳しいことを知りたい人にはググってもらうことにして、狙い通り軽くてそこそこ思考性のあるゲームとして遊べた。今後も軽いゲームをやりたいときは重宝しそうだ。
ただ、1つ気になる点として、共通の場札にジョーカーが出ているときは皆が攻撃を避け、結果全員が配られた手札だけでゲームをする展開になりがちであるということ。攻撃をめぐる駆け引きがあってこそこのゲームは面白いので、共通の場札に最初からジョーカーが出ないようにするべきかもなーと思ったり。
すごく雑にまとめると、トランプの大富豪に似ているようなそうでもないようなゲーム。手札を全て出し切ればアガリっていう点では似ているが、枚数でも数字でもフォロー不要なところは似ていない。誰かがアガったらゲーム終了で、「場札の枚数-手札の枚数」が各プレイヤーの点数になる。
アブルクセンとは(「クセ」のところがXXに置き換わっているが)ドイツ語で「ずる賢くかすめ取る」というような意味だそうな。その名の通り、ほかのプレイヤーを攻撃して場札を奪い取り、手札を増やすことができる。増やした手札を首尾よく場に出せば、最終的な点数を伸ばせるというわけだ。
攻撃の結果として場札を奪い取らないことも選択できる。その場合、攻撃された側が場札を捨てるか手札に戻すかを選べる。攻撃を受けて場札を奪われるか捨てるかした場合、その枚数の手札を補充しなければならず、アガリからは遠のくことになる。ただ、攻撃されることは悪いことばかりではなく、補充は共通の場札から選んで行えるので、手札を整えることができる。共通の場札に強いカードがある場合、攻撃を受けやすいカードをプレイするというのはよくある話。
これ以上詳しいことを知りたい人にはググってもらうことにして、狙い通り軽くてそこそこ思考性のあるゲームとして遊べた。今後も軽いゲームをやりたいときは重宝しそうだ。
ただ、1つ気になる点として、共通の場札にジョーカーが出ているときは皆が攻撃を避け、結果全員が配られた手札だけでゲームをする展開になりがちであるということ。攻撃をめぐる駆け引きがあってこそこのゲームは面白いので、共通の場札に最初からジョーカーが出ないようにするべきかもなーと思ったり。
インターネット回答が一週間前に済んでいるというのに紙の調査票を送りつけてくるというこの無駄っぷり。やれやれだ。
ディーゼルエンジンとVW「不正ソフト」の仕組み
フォルクスワーゲン社が米国の排ガス規制試験をクリアするために不正ソフトを組み込んでいたことが発覚したというニュース。
これはひどい。単に数値をごまかすという域を超え、明らかに間違った方向に努力している。
「技術と信頼のドイツ工業製品」という評価に泥を塗ったフォルクスワーゲン社は、正直潰れてもおかしくないと思う。
フォルクスワーゲン社が米国の排ガス規制試験をクリアするために不正ソフトを組み込んでいたことが発覚したというニュース。
これはひどい。単に数値をごまかすという域を超え、明らかに間違った方向に努力している。
「技術と信頼のドイツ工業製品」という評価に泥を塗ったフォルクスワーゲン社は、正直潰れてもおかしくないと思う。
読了。一、二巻ともに108円でBOOKOFFにあったので買って読んでみた。どちらも大変に分厚い。
シュタゲはPCでプレイし、アニメを見て小説を読んだわけだが、この小説版はシュタインズゲートという物語に触れるにはかなり良い、というか適している形態だと思われた。
SFは設定や理論などで情報量が多く、情報量が多いなら映像媒体より文字媒体のほうが無理なく多くの情報を伝えることができるためである。SF小説を映像化した作品は視覚的な驚きに頼る作品になりがちなのは、映像媒体では「パッと見で理解できる情報」以上のものを受け手に理解させるのに適した形態ではないからだ。
そのぶん音や音楽、映像で演出面を強化でき、ドラマチックなシーンや緊迫感のあるシーンを盛り上げることはできるが、それは「物語」としては本質的ではない。
なお、PCのノベルゲーム的な形態は両方のいいとこどりができそうに思えるが、一度に視界に収められる文字量の多さや読み返しの容易さによって紙媒体には紙媒体のアドバンテージがやはりある。
そして、この『円環連鎖のウロボロス』では演出面でも興味深い手法が使われている。
一行の上部と下部を使うことで、同時進行している2つの物事を描写したり、進行中の事態に対する主人公の内心を描写したりしているのだ。
たとえば おわかり
こんな 頂ける
感じ。 だろうか?
これは特に緊迫感のあるシーンでその緊迫感を削ぐことなく主人公の内心を描写するのに効果的に機能している。映像作品でやるとどうしても「主人公の内心を描写し終わるまで一時停止」みたいになってしまうし、文字媒体でも逐次記述だと多かれ少なかれ同時進行感は損なわれるので、これは何気ないながらも結構画期的な手法ではないだろうか。
あと、原作つきの場合単に原作をなぞるだけでは驚きがないのでどの程度アレンジを加えるかもポイントになるが、この本ではそれもなかなかうまくやっているように思われた。
総合的に見て、かなり良い小説版だと思う。面白かった。
シュタゲはPCでプレイし、アニメを見て小説を読んだわけだが、この小説版はシュタインズゲートという物語に触れるにはかなり良い、というか適している形態だと思われた。
SFは設定や理論などで情報量が多く、情報量が多いなら映像媒体より文字媒体のほうが無理なく多くの情報を伝えることができるためである。SF小説を映像化した作品は視覚的な驚きに頼る作品になりがちなのは、映像媒体では「パッと見で理解できる情報」以上のものを受け手に理解させるのに適した形態ではないからだ。
そのぶん音や音楽、映像で演出面を強化でき、ドラマチックなシーンや緊迫感のあるシーンを盛り上げることはできるが、それは「物語」としては本質的ではない。
なお、PCのノベルゲーム的な形態は両方のいいとこどりができそうに思えるが、一度に視界に収められる文字量の多さや読み返しの容易さによって紙媒体には紙媒体のアドバンテージがやはりある。
そして、この『円環連鎖のウロボロス』では演出面でも興味深い手法が使われている。
一行の上部と下部を使うことで、同時進行している2つの物事を描写したり、進行中の事態に対する主人公の内心を描写したりしているのだ。
たとえば おわかり
こんな 頂ける
感じ。 だろうか?
これは特に緊迫感のあるシーンでその緊迫感を削ぐことなく主人公の内心を描写するのに効果的に機能している。映像作品でやるとどうしても「主人公の内心を描写し終わるまで一時停止」みたいになってしまうし、文字媒体でも逐次記述だと多かれ少なかれ同時進行感は損なわれるので、これは何気ないながらも結構画期的な手法ではないだろうか。
あと、原作つきの場合単に原作をなぞるだけでは驚きがないのでどの程度アレンジを加えるかもポイントになるが、この本ではそれもなかなかうまくやっているように思われた。
総合的に見て、かなり良い小説版だと思う。面白かった。
変な夢を見て、その内容を覚えていたので書いてみる。
ゴミの収集日にゴミ袋を持って家を出てみたら、なぜかゴミの分別基準が異常に細かくなっているうえにそれぞれの収集場所がバラバラでどこに持って行けばいいかわからず、あちこち走り回って探している間に各所でゴミ収集車の作業が進行している気配で、このままでは収集が終わってしまいそうだーと焦るものの依然としてどこに捨てるべきかさっぱりわからず走り回り続ける…というもの。
夢判断だと「決定を先延ばしにしている間に選択肢が狭まっていくことに対する焦燥感の表れ」とか言われそうな夢ですな。
周囲で事態が進行しているのが音やら何やらでわかって、選択肢が消えたのが1つの収集場所からゴミが消えていることでわかって、間に合わずに捨てそびれるとかなり嫌な感じ、というのは確かにそういう状況のたとえとして相当わかりやすい部類かも。
ゴミの収集日にゴミ袋を持って家を出てみたら、なぜかゴミの分別基準が異常に細かくなっているうえにそれぞれの収集場所がバラバラでどこに持って行けばいいかわからず、あちこち走り回って探している間に各所でゴミ収集車の作業が進行している気配で、このままでは収集が終わってしまいそうだーと焦るものの依然としてどこに捨てるべきかさっぱりわからず走り回り続ける…というもの。
夢判断だと「決定を先延ばしにしている間に選択肢が狭まっていくことに対する焦燥感の表れ」とか言われそうな夢ですな。
周囲で事態が進行しているのが音やら何やらでわかって、選択肢が消えたのが1つの収集場所からゴミが消えていることでわかって、間に合わずに捨てそびれるとかなり嫌な感じ、というのは確かにそういう状況のたとえとして相当わかりやすい部類かも。