小説『紙の動物園』

世界のＳＦファンに今最も注目されている作家、という触れ込みのケン・リュウの短編集。なお、この作家はストリートファイターシリーズとは何の関係もありません。

読了しての感想は以下の通り。
・作風が幅広い。ＳＦ以外にファンタジーも多く書いているようで、この短編集も非ＳＦ短編を含んでいる。
・全体的な傾向として叙情的であり、主人公視点でその情念にフォーカスした話が多い。ハードＳＦによくある「論理のメスで冷徹に事象を切り刻んでみせる姿勢」とは真逆。
・政治臭が強い。東アジア、特に中国の近現代から近未来を扱うとどうしても政治の匂いから逃れられないのかもしれないが、本人は望んでいないのに仕方なくこうなった、とも考えにくい。「哲学的」の域に達しておらず、「政治臭」止まりなのは、やはり作品への落とし込み方が「浅い」ということなのだろう。
・総じてセンスオブワンダーは薄め。ＳＦ的なアイデアで勝負する作家ではない模様。

面白い話はいくつかあったが、（特に短編においては）センスオブワンダーを最重要視する自分としては、特段フォローしていきたい作家ではない、という印象。

個別の話についてはネタバレなので隠します。

・紙の動物園
表題作。非ＳＦ。「不幸な境遇」と「家族愛」の二重掛けでお涙頂戴の話で、ギミックにファンタジー要素が使われている。自分としてはまったくどうでもいい話で、なぜこれが表題作なのか理解に苦しむ。

・もののあはれ
東日本大震災のときの日本人のふるまいと、Fukushima50に感銘を受けて書いたであろうことがミエミエな話。書かれたタイミング的にもほぼ間違いないと思われる。

・月へ
中国からアメリカへの移民の話。政治臭が強い。

・結縄
遺伝子特許ビジネスに批判的なスタンスを取るSFとして括るとマイクルクライトンの『NEXT』と共通項がある。ただ、NEXTが企業対個人という構図だったのに対しこちらは欧米の資本主義対アジアの少数民族みたいな構図になっていて、より政治臭が強く感じられる。

・太平洋横断海底トンネル小史
日米が太平洋横断海底トンネルという大事業を共同で行うことで太平洋戦争が回避されたというオルタナティブヒストリーだが、共産主義者認定された中国人捕虜が強制労働させられてたっていう、やっぱり政治臭の強い話。

・潮汐
荒唐無稽SF。これはファンタジーと解すべきだろう。

・選抜宇宙種族の本づくり習性
本作で最もSFらしいSFで、１つの事柄に対するアイデアの多様さと奇抜さだけで勝負する内容。ストーリーなどというものは無いがこれは面白い。

・心智五行
西洋的な「排除と特化」と、東洋的な「調和と均衡」の違いをSF仕立てで描き出す話。よくできてる。

・どこかまったく別の場所でトナカイの大群が
意識共有や思考速度のクロックアップにより、内的には人間としての物理的制約を超えられるようになった世界で、実際に旅行したり自然に触れたりといった「リアル」な体験の新鮮さを書いているのが面白い。十分にSF的。

・円弧（アーク）
不老不死を扱う話。叙情的だが十分SF。それはこの作品が一種の思考実験であり、人間にとって普遍的な哲学命題にかかわる話だからそう感じるのだろう。

・波
不老不死化→ロボット化→エネルギー体化とエスカレートしていく話。そのつど登場人物はアイデンティティ問題に若干向き合うことになるのだが、本作ではわりあい無邪気に「制約がより少ない形態に進化することを受け容れた」と看做している感がある。が、正直途中の時点ですでに「自然の欲求」などというものはないわけで、そうなると精神を駆動する根源的衝動自体が過去の欲求の残響にすぎないのではないかと思えてくるのだが、そういう面での掘り下げは特にない。まあ、そんなところを掘り下げると泥沼にはまりそうではあるが。

・１ビットのエラー
宗教的確信という非常にハッピーな精神体験は脳という生体コンピュータに起こった１ビットのエラーであるという話。これそのものはどうでもいいが、人間の「ひらめき」というものが超新星爆発で飛び出した１個の陽子が偶然脳に干渉した結果だとしたら面白いな、とは思った。

・愛のアルゴリズム
AIや人間らしい振る舞いを研究し続けてきた人間が、夫や周囲の人間の振る舞いが予想できすぎるようになってしまって心を病む話。対人反応はそりゃパターン化されますよ。表層的な反応だけで人間の全てがわかったように思うとか馬鹿げてる。

・文字占い師
すごく政治臭の強い話。

・良い狩りを
近代化で妖怪が力を失い退魔師も職を失って消えていく…というありふれた話が、意外な鮮やかさをもった結末に至る。スチームパンク＆ファンタジーだがこれは面白い。